shastahealing.com 大阪市天王寺にある『ヒーリング教室 シャスタ』で、ヒーリングや瞑想を教えています。北カリフォルニアのシャスタ山が大好きで、エネルギーワークについて徒然に書いています。
by rev-umachan カテゴリ
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![]() 僕は暗くて深い、心の深遠へと潜っていく。 今まで行った事のない深さへと潜っていく。 深く、深く、遠い暗闇の中へ、 そこに彼は立っていた。 もう少しの時間でいいから、身体に帰ってこないか? そう言う僕に、彼は黙って首を横に振った。 家に因縁があるらしい。 僕はその因縁を治していく。 もつれた糸を丹念に根気強くほどいていくように。 彼にもう一度聞いてみる。 帰ってこないか? 彼は再び首を横に振った。 怒りの感情が家に覆いかぶさっている。 その怒りのエネルギーを取り除いていく。 息を止めて、薄いベールをピンセットで取り除いていくように。 帰ってこないか? 彼はまた首を横に振った。 彼の頭が赤くよどんでいる。 腫瘍が破裂して血が回っていないようだ。 僕はその赤く緊張したエネルギーを身体から外していく。 空気中に溶けて消えていく煙のように。 僕は出来るだけの事をした。そして暗闇の中から戻る。 深い深い黄泉の国、そこは遠い昔、何時か行った処。 僕の魂よ、帰ってこい。深い暗闇の中から。 次の日の夜。彼は身体に帰ってきた。 そしてしばらくの間、家族に別れを言う為にそこに居てくれた。 あなたが一時的でも帰ってきてくれた事には大きな意味があります。 ありがとう。 ![]() 「猫が嫌い」と言っていた友人がいた。 「何故だか理由は解らないの。でも、猫が嫌い。猫を見るのも、猫の写真も見るのが嫌」と言っていた。 雑誌に猫の写真が載せてあるのを見ると、彼女は写真の上に紙を張って見えないようにしていた。それはまるで、記憶の深い処にある恐怖に蓋をしているようにも見えた。 そんな彼女に、「何故、猫が嫌いなのか理由が知りたい」とセッションを依頼された。 セッションでは、彼女のオーラを見ていき、そしてチャクラを調整していった。 そして、彼女の過去世を見た時、大きな黒豹が見えてきた。 場所は東南アジアで、時代背景は数百年前の出来事、彼女はジャングルに近い小さな農村にいた。その過去世で、彼女は小さな女の子だった。夕闇せまる暗闇の中。彼女は黒豹に襲われて死んでしまった。 その事を彼女に伝えると、彼女は「そう。猫が怖いという訳じゃなくて、猫科の動物が嫌いだったのよ」と言った。 「どうですか。この時の感情を消して、新しく生まれ変わろうという気持ちはありませんか?」と、僕は尋ねた。 「殺されて死んでしまったという事実は消える事はありません。でもあなたが望むなら、その時のあなたの感情、恐怖を消す事は出来ますよ。その時の恐怖が消えれば、あなたの猫嫌いも良くなるかもしれません」 「そんな事が出来るんですか」 「もしあなたがそれを望むならば、出来ますよ」僕がそう言うと、彼女は意を決して私に告げた。 「やります。私の猫嫌いを治したい」 そして僕は彼女の過去世を、もう一度見つめだした。そして黒豹に襲われて死んでしまった、その時の彼女に話しかけた。 「あなたの今の感情。黒豹に襲われて怖いという感情を消させてもらうよ。この問題は未来のあなたに関する大きな問題に発展してしまうからね」 そう言って僕は彼女の恐怖という感情を消していった。 「どうですか。猫に対して何か感情が変わりましたか?」 「うん。猫に殺されてしまった私。可愛そうな私がいたんだな。って感情はあるけど。もう、猫に対する恐怖はないです。猫嫌いが治ったわけじゃないけど、もう猫を見るのは平気みたいです」と彼女は言った。 目の前に座っているおだやかな表情をしている彼女を見ると、もう何かに脅えるような表情はなかった。 ![]() あの出来事があったのはもう10数年以上経つのだろうか。あの頃、僕はハワイにある大学に行っていた。 苦学生だったので毎日毎日、バイトと宿題に追われる日々だった。睡眠時間を削っては美術室のアトリエに篭って夜中の1時頃まで好きな絵も描いていた。 ほとんど毎日、同じスケジュールを忙しく過していた僕だった。その頃の生きている目標といったら『卒業』の二文字だけだった。「とにかく卒業しなければ何も始まらない。その為には毎日、忙しいながらも勉強とバイトをして少しずつでも目標に歩いていかなければ」と思っていた。そんな思いは僕の周りのクラスメートの殆んどが持っていたはずだ。 そんな忙しい日々を過していたある晩の出来事だった。もう夜の7時を過ぎていて、大学の周りの山々は暗闇の中に溶け込もうとしていた。僕はバイト先から図書館へ向かう途中だった。図書館で明日までの課題を仕上げなければいけなかった。 「サトシ。ちょっと話があるの」と暗闇の中から声をかけられた。見るとクラスメートの女の子だった。彼女はフィージーから来ていて、肌が東洋人に比べて黒っぽい。闇の中の彼女は、まるで夜の中に溶け込んでしまいそうな感じだった。 「私、あなたにお願いがあるの。私のお願い聞いてくれないかしら」と意味深な事を言う彼女。 「僕にも出来る事と出来ない事があるよ。出来る事ならしてあげるよ」と僕が言う。 彼女は僕の言葉では納得しなかった。願いを言う前に僕に約束をせまる。 「そんな訳の解らない事は出来ない」と言うと彼女は意を決したように言った。 「願いを聞いてくれなくてもいい。あなたに私の願いを言うわ」 「私を殺して欲しいの」そう言った彼女の瞳には涙が浮かんでいた。 そして彼女は道の上に大の字になって叫びだした。「さあ。殺せ。サトシ。あなたなら出来ると思っていたわ。殺してちょうだい」 そんな彼女を見ながら僕は自分でも驚くくらい落ち着いていた。「ここまで彼女の思いを聞いてしまったら。今晩の宿題は諦めるしかないな」などと頭の隅に想いが浮かんだ。 「しょうがないな。さあ、さっさと起き上がって、僕についてきな」僕は暗闇の中へと歩き出した。 「何処へ行くの?」突然歩き出した僕に、驚いたように尋ねる彼女。 「望みどおりに、死に場所に連れて行ってあげるよ」そう言ってスタスタと足早に歩く僕に彼女はフラフラとしながら着いてきた。 10分ぐらい歩いて着いた場所は、近くのビーチだった。 僕の思い出のビーチ。暗闇の中、良く一人でこのビーチを歩いた。勉強で頭がパンパンに疲れた時、人間関係に疲れた時、ホームシックになって家族を思った時、そして親父が死んだ時、いつでもこのビーチは時に優しく、そして厳しく僕を癒してくれた。 そのビーチに彼女を連れて行った。何か考えがあった訳じゃない。唯、彼女にこのビーチの厳しさと優しさを見せたかった。このビーチは自分の心を映し出す鏡のようなものだった。自分の心の中の甘さやいい加減さを映し出してくれる。きっと彼女はそんな風に自分の心を見つめるような機会が無いのだろうと思った。 「僕は夜中に一人でよく此処へ来るんだ。だから此処に居る精霊達は僕の友達のようなものなんだ」 「どうして此処へ連れてきたの?」 「ほら。この海を見てごらん。死霊が海の上に沢山浮かんでいるのが見えるかい?今、この海へ飛び込んだら確実に死ねるよ。見ててあげるから、海の中を歩いていってごらん」 「えっ。なんて事言うの?私にも死霊がいるくらい解る。本当に死んでしまうじゃないの」 「怖い」 「死にたいんじゃなかったの?」そう言いながら砂の上に座った。 「そんな。本当は死にたい訳じゃなかったの」そう言って彼女も砂の上に座った。 「本当は死にたい訳じゃないの。でも、私の人生の全てが終わってしまったの。せっかく奨学金を貰って大学に来たのに、今はもう卒業は夢になってしまった。大学を卒業して国に帰って仕事をする夢も消えてしまったわ。伝道師になる夢も消えてしまった。もう私には何も無いのよ。死ぬしかないの」 そう言って彼女は話し出した。僕は彼女に話をさせて、何も聞かなかった。 何時しか雲の切れ目から月が顔を出していて、ビーチには月光が差していた。 彼女の心が落ち着いたようだった。「あら、もう死にたいと思わないわ。もう海も怖くない」 「うん。死霊はもう何処かへ消えてしまったようだね」 そう言いながら、僕達はビーチを離れて学校へと戻った。 「ああ。あなたのご先祖さまが、心配して着いてきてくれているよ。もし国に帰る機会があったら、お参りしなくちゃね」そう言うと、彼女は不思議そうに考えていた。 「あなたの命はあなただけの物じゃないんだよ。沢山の人達がいてあなたが存在するんだよ。あなたは一人ぼっちじゃない。ほら、こうしてご先祖さまがついてきているじゃない」そう言うと彼女は、立ち止まって後ろを見た。 「私には見えない。でも、居るのは感じるのよ。」 あくる日の事だった。学校の中を歩いていたら、彼女に会った。彼女はどうやら落ち着いた様子だった。遠くの方から手を振ってくれた。 それが彼女を見た最後となった。彼女はその日を境に退学してしまった。 厳しい規律のある宗教大学だ。規律に触れて退学になってしまったようだ。 彼女が居なくなって、僕は普段どおりに忙しい日々に戻っていった。 彼女を時々思い出す。でも最後に見た彼女の手を振る姿を思い出したら、もう「死にたい」と言うような事はないだろうと思う。 ![]() 久しぶりに一緒に飲みに行ったNさん。長年の付き合いで僕を知り尽くしているからなのだろう。彼の言う言葉は僕の真髄を見せてくれるような気がする。 もう20年だよ。うま君は20年前とちっとも変わっていないな。 あの頃も、引越しするのに部屋がどうのこうのと言っていたよね。 ほら、サンフランシスコにあったジャパンセンター近くの週払いのレジデンスホテル。あそこに住んでいて、仕事に一緒に通っていたよね。 人というのは、状況や環境によって、上手く立ち回って、状況によっては性格まで変えていってしまうものなんだ。 そりゃ、20年も経てば、世の中に揉まれて、色々な人に出会って、色々な経験をして、良しにつけ悪しにつけ、人の性格というのは変わってゆくもんなんだ。 そういうのが、うま君にはちっとも無い。全然、変わってない。人や世の中の状況に影響を受けて、性格や生き方が変わったというのがちっとも無い。 自然が持っているような雰囲気とでも言うのか、見る人を安心させるような、そんな雰囲気があるんだよ。それは、正直な心とでも言うようなものなんだろうね。自分の心に常に正直に生きているって事なのかな。 それは、簡単なようで、なかなか人には真似が出来ない事なんだよ。 そんなのがヒーリングに影響していると思うね。会う人が何となく、どことなく安心するって言うのかな。そういう処から考えると、うま君のヒーリングというのが理解できる。 うま君に会う人が、こんな生き方もあるんだって思って、ほっとするんじゃないかな。 ヒーリングやカウンセリングなどにまったく興味も理解も無いNさん。だけれども、彼は彼なりに僕の生き方と照らし合わせて、僕のヒーリングを冷静に理解し、分析しようとする。不器用な生き方でも、20年以上も正直に続けていれば理解されるものなのかもしれない。そんな僕の行き方が、それなりに形を作り出しているのを彼の言葉から感じた。
先日、私のブログを読んでいる方からメールを頂いた。私の文章、私の生き方に共感する処があって、カウンセリングをお願いしたいと書いてあった。遠方に住んでいるので、直接お会いするのは難しいのでメールで出来ないかとの事だった。
今までメールでのカウンセリングをしていない訳ではなかった。けれどお金を頂戴するというのは初めてだった。メールを書くだけでお金を頂くというのは、どうも気持ちの中で納得出来ていない処があって、申し訳ないような気もしていた。 それが今回、私の読者の方からのお願いで、私の文章や人間性を買って依頼されてきた。それに応えるという事は、自分にとっても為になるのではないかと思えたので引き受ける事にした。 そして、メールでのカウンセリングの一連のプロセスを経験するというのは、対面でするカウンセリングのプロセスを組み立てるのにも、きっと役に立つだろうし、自分自身のカウンセリングの理論作りにも益になると思った。 何年か前、ネットでカウンセリングをしていた時があった。その時は無料でしていたという事もあって、多くの人からの依頼があった。 私のメール、書き込みを読んで、涙を流して喜んでくださる方が何人もいた。私の書く文章を読んで幸せになる人が居るというのは、何だか不思議な気分だったけれども、人の為になれるというのは、照れくさいけれども嬉しかった。 しかし、無料という事もあって沢山の人からメールを頂いた。1日のアクセスが200を越える日もあって、依頼のメールが10通を超える日もあった。 それは、昼間は会社で働いていて、帰宅してからメールに応対していた私の容量を確実に超えていた。そして、メールを書いてこられる全ての人が好意的というわけでも無く、攻撃的な内容の文章を書いてこられる方もいた。そういうメールを読むと、自分の気持ちがげんなりとしてエネルギーが吸い取られるような気がした。あの頃、メールの量だけでなく質に対しても自分自身のキャパシティーを超えていると感じていた。 そして、あの時一緒にオカウンセリングをしていたとらさんは、もうこの世にはいない。30代中半という若さで夭折した。今となっては確かめようが無いが、あの時のカウンセリングが要因の一つになっているのではと思っている。 そういう事もあって、今まで避けていたメールでのカウンセリングだったのだけれど、いつかはしなければいけないのかなと、ずっと心の何処かで思っていた。でもそれは、以前のようなやり方でなくて、自分なりのやり方を模索しなければいけないと考えていた。それが今回、依頼なされてきた方(クライアントさん)と一緒になって、一連のプロセスを模索しながら組み立てる事が出来た。 そして、一連のプロセスは上手く流れ、「こうやれば上手く流れる事が出来る」と確信できるまで至った。全てが終わり、クライアントさんから頂いたお礼のメールを読ませていただいて、私の方が勉強させていただいたと感動した。 確かに、対面で顔を合わせないで、文字だけで応対するカウンセリングというのは、対面でお相手するより神経を使うし、相手の気持ちが解らない分、精神的なダメージを受けることもある。しかし、相手が解らない分、深く相手の事を想い。その想いが通じた時は、相手を深く想った分だけ自分自身に対して深く想う処が出てくる。 そして今回、全ての流れが上手くいった時、感謝しないではいられなかった。私の文章を読んで涙を流されて感動した人の気持ちというのは、きっとこういう気持ちだったのではないだろうかと思えた。 ![]() 「今日は鬱の人が来るね。この人には何か音が必要だね」 瞑想から目覚めた僕は、そう言ってゴールデンボールを取り出した。チベット仏教で使う金色のボールの事だ。チーンと鳴らして淵を撫ぜると共鳴していい音が鳴る。 「願わくば、この人の心に平安がありますように」と想いを込めながら、ゴールデンボールを鳴らした。 そしてお客様が部屋に入ってきた。見るからに元気が無い、鬱っぽい顔をしていた女性の方だった。 彼女の父親が半年程前に亡くなられた頃から、そんな状態になってしまったそうだ。 常に死を意識しているような状態だった。 僕は彼女と話をしながら、彼女の進む今後の方向性を決めていく。そしてそれに合わせてエネルギーを動かしていく。 セッションも終わりに差し掛かった頃、僕は彼女に聞いた。 「何か質問はありますか?何についての質問でもかまいませんよ」 すると彼女はこう言った。 「私のお父さん。癌の告知をされてから3ヶ月で死んでしまったんです。言い残した事いっぱいあると思うんです。今、お父さん、私の右肩の方に居ますよね。肩が暖かいから、此処に居るのは解っているんです。」 「私に言い残した言葉って一体何なんでしょう?それを教えて欲しいんです」 僕は目を瞑って彼女のお父さんを見つめた。彼の言葉を聴いて、それを口にした。 「生きて欲しい」 「お父さん、あなたに生きて欲しいって言っていますよ」 「それが、お父さんが私に言いたい言葉なんですか?」 「そうですよ」 そう僕が言うと、彼女の瞳から涙がぼろぼろと流れ始めた。 「お父さん」 泣きながら、咽びながら、肩を揺らしながら彼女はそう吐き出すように口にした。 2時間という長いセッションの中で、彼女に残ったのはたった一言、「生きて欲しい」という言葉だけだった。そしてその一言が彼女を変えた。セッションを終えた後、彼女の鬱は無くなっていた。 昨晩、大阪で行われた仲間内の「野菜料理ポットラック パーティ」に行ってきた。
大勢の人が来て、色々な話をしていてなかなか面白い集いだった。 時間が来て、ほとんどの人が帰った頃、ある女性の方が「脇の下あたりに腫瘍がある」と言った。 私は数メートル離れた処から、その腫瘍を見てたのだけれど、口からゲップが出始めた。 「やばい。自分の身体が反応している」 そう思い始めたら、言わずには終えなくなった。 「ちょっと、動かしていいですか?」そう聞いて、腫瘍の辺りにあった赤いエネジーを数メートル離れた処から動かした。 すると、「あら。もう腫瘍が半分くらいの大きさになっている」と彼女が言った。どうやらその時、エネジーはちゃんと動いてくれたようだった。 そして今朝、「昨日、腫瘍の大きさが半分になった人がいたんですよ」と、部屋のスイッチを直しに来た管理人さんに話をしたら、「僕も腫瘍があるんですよ」と言い出した。 「ほら、ここに。ちゃんと見せますよ」と言うと同時にズボンのベルトを緩め始めた。 「ちょっと。こんな処で・・。」と言う私だったのだけれど、「ちゃんと見てくださいよ」とズボンを半分脱いで、右足の付け根の辺りにある赤ちゃんの拳くらいの腫瘍を見せた。 「あらま。これ癌じゃないの?」と、冗談で言う私に彼は、「いや。これは良い癌。良性の腫瘍です」と焦った顔で言う。 「へー。そうなんだ」と言いながら、腫瘍には直接触らないでその周りにあるエネジーを動かす。すると、「あら。小さくなってる。一瞬で半分くらいになってる」と彼は口と目をまんまるに開けて驚いた。 これは自分の願いを言う良いチャンスだ。と思って「管理人さん。来月の家賃を唯にしてくださいよ」と言ったのだけれど、あまりにも驚いた様子で私の言葉など耳に入らない。目を丸くして宙を見ている。そのままうつろな目をしながら、足も地に付かない様子で帰ってしまった。 それから10分ぐらいして彼がまた部屋に来た。今度は彼の抱えている体の問題を相談をしにきたのだった。「あらま。今までこの人からこんな相談受けた事、無かったなぁ」と驚く私なのだけど、問題の原因が食生活だとすぐ解った。 「それだったら、この水試してみませんか?毒素を浄化してくれますよ。2リットルで100円です」と言うと、「そんなに安いんだったら1ダース買います」と言ってくれた。 その話を、最近行き始めた「英語でレイキ」のミーティングで言ったら、その時来ていた女性が「幾らなんですか?」と聞いてくれた。前回のミーティングでヒーリングを15分ぐらいしてあげた時、鬱が治った女性だった。 「ちょっと高いんですけどね。2リットルで100円なんですよ」と私が言ったら、「ああ。それなら6本買います」と言ってくれた。そして他の友人も6本買ってくれた。 という訳で、1日に3人もの人が水を買ってくれた。ああ、今日はなんて良い日だったんだ。♪ ![]() ギリシア神話に出てくる黄金の箱。その中には、病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、この世のあらゆる悪がはいっていた。プロメテウスは、それらが人間の世の中にはびこらないよう、箱の中に閉じ込めておいた。しかし、パンドラがその箱を開けた為、箱の中からは病気や憎しみ、盗みや怒り、嘘や疑いなどのあらゆる悪が、人間の世界に飛びちった。そして全てが出て行ってしまった最後に残っていたのが、希望だった。こうして人間たちには、どんなひどい目にあっても、希望だけが残されるようになった。 「私、自分の性格を変えたい。 嫌味で、心が狭くて、人に冷たくて、嫌な言葉が思わず口から出てしまう。 もう、そんな性格に疲れました。自分の性格を変えたい。広くて大きな心を持ちたい」 久しぶりに会った友人がそう言った。 「私は彼方の性格を変える事は出来ませんよ。でも、彼方が変えると決心すれば、私はそのきっかけを与えられるかも知れません」 そう言うと彼女は、「もう決心しました。自分の性格を変えます」と言った。 「それじゃ、彼方をそうさせている原因を見つけに行きましょう」 私はそう言うと、彼女と一緒に心の深い処、深淵に潜っていった。 彼女の心の奥底には、黒い幾つかの塊が隅の方に押し込まれていた。その黒い塊を一つずつ開けていって、光りの当たる場所へと引き出していく。小さい頃の思い出、家族との思いで、前世の思い。そんな色々な思い出が、光りの中へと導かれていく。 それはまるで、パンドラの箱から飛び出ししていく魑魅魍魎、悪霊達のようだった。心の中に押し込まれていた思い出達が、光りの中へと飛び出していく。そして心と身体がどんどんと軽くなっていく。 もうそうなると後戻りは出来ない。彼女は軽くなった心を認識しないではいられなくなった。 「私、今まで何でこんな事で悩んでいたのかしら。心がおおらかになって、優しい気分になってきている。あれ、何で涙が流れてくるのかしら」そう言う彼女の頬から一筋、涙が流れてきた。 「何で涙が流れてくるのか、理由が解らない。でも、涙が流れてくる。」 その涙は、彼女が心の中に最後に残っていた希望を感じて、嬉しくて流した涙だったのかもしれない。 ![]() 今日、サンフランシスコにあるなじみの定食屋へ行ってきた。この店に行くのは何年ぶりだったのだろう。昔の日記に良く出ていた「サンフランシスコのオーガニック日本食の店」だ。ここのお店のご主人はエネルギーに対して敏感で、ヒーリングや宇宙人の話を良くしてくれた。以前、このお店の一画をお借りしてでセッションをさせていただいた事もあった。 ちょうどその一画はトイレの前にあったので、トイレ待ちのお客さんを捕まえては無料でリーディングをしていた。無料と言ってもお店の方からは、注文もしていないのにおまけの食事がわんさかとテーブルの上へとやってきた。お店としては、馴染みのお客さんへのサービスの一環としてのリーディングだったようで、お客さん達も喜んでいて「次はいつ来るの?」と、期待して聞いてきていたものだ。 そこのお店のご主人と、ひさしぶりに話をした。彼女の顔は生き生きししていて、まだまだ元気に働けるという感じだった。何年かぶりに食べた「ギンダラ定食」も美味しかった。 ![]() 最後のセッションを23日の夜に終えて、24日に福岡航空から羽田に飛んだ。そして同日、栃木にいる母の処へ行った。 何時もながらのハードなスケジュールだ。博多へ行ったその一週間前にも「癒しフェアー」の為に博多入りしていたから、私の身体は思ってもいない程疲れていたのかもしれない。 母がこう言った。 「お前は、九州で一体何をしてきたんだね。光が全然通らないじゃないか。どれ手かざしでもしてあげようかね」 手かざしというのは、「ヒーリングみたいな、そんな簡単なものでは無い」と母は言うのだが、どう見てもヒーリングにしか見えない。彼女はその手かざしと言うのを、もうかれこれ30年程している。私はその手かざしというのが小さい頃、妙に胡散臭く思えて、出来るだけ避けていた。そんな私がいつの間にかヒーリングにどっぷりはまっているというのは不思議なもので、この親あってこの子の私が居ると言えるのだろうか。 小さい頃、あんなに嫌がっていた母の手かざしだったけれど、その時は力強く、適所を得ていた。やはり年の功というところなのだろう。 私には無い女性的な母親の心を感じた。 「ああ。この人には、いつまでも超えられない処があるんだなぁ」 そう思わないではいられない暖かな母の手かざしだった。 母は、昔から変わった能力を持っていて、スプーンを曲げたり、火の玉や魂を見たり、それに祖母の異変を瞬時に感じるテレパシーなどをする事が出来る人だった。 そんな能力を小さい頃から目の前で見せられていた私だったから、「母にはかなわない」という気持ちがあったのは確かだ。それでも、「母のような能力が自分にも出せるかもしれない」と思う気持ちも芽生えていたのだろうと思う。母の能力を見ていると、初めは不思議だと思っていた能力が不思議ではなくなり、日常生活の中であたりまえの事柄になっていった。しかし、母が見せてくれたスプーン曲げの能力は、未だに私には出来ない能力の一つで、何時までも越えられない母の大さを感じないではいられない。 < 前のページ次のページ >
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