shastahealing.com 大阪市天王寺にある『ヒーリング教室 シャスタ』で、ヒーリングや瞑想を教えています。北カリフォルニアのシャスタ山が大好きで、エネルギーワークについて徒然に書いています。
by rev-umachan カテゴリ
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![]() 宮崎みどりさん、小林清明さん主催の『古事記に親しむ会』に最近、毎月参加しています。 その会の主催で日本発祥の地の沼島に1ヶ月程前に行ってきました。遅くなりましたがその時に撮った写真をブログにアップしてみました。 いざなぎ、いざなみが沼矛(ねほこ)を、 こをろ。こをろ。 とゆっくりとかき回したところ 塩のしずくがぽたぽたとしたたり、 塩の球となり、 その球を『おのころ嶋』と名づけたそうです。 ![]() そのおのころ嶋が沼嶋だそうで、 海の中から先のとんがった岩が出ているのが、 ぽたぽたとしたたって出来た日本の始まりの岩だそうです。 その岩を背に写真を撮ったら、光の柱が降りてきました。 ![]() 橋本の湯の里から眺める夕日
![]() 葛城山から橋本まで南下して、「湯の里」に行った。 久しぶりに僕を見た専務さんは、僕達が食事をしている間中お話をしてくれた。 「ここには1300年程前にお寺があったんですけど、焼けてしまったんですよ」 彼もまた先ほどの農家の人と同じような話をした。 僕が高天彦神社で出会った農家の人の話をすると、其処には行った事が無いと言う。 なんでも高天原の話を聞くだけで胸が苦しくなると言う。 「湯の里」の金水をかけてきたと言うと、今度は違う水をかけてきて欲しいと言ってくれた。「湯の里」の水の性質を熟知している彼の事だから、かける水にも順番があるのだと言う説明にも納得する。 その時、その場に居た僕達、その全員が葛城一族に関係のある人達のように思えた。 「頭では前世は理解出来ないかも知れない だけれども、感情はそれを覚えている 頭と感情は別の物だからだ」 仏教では、この世にある全てのものが 原因と結果の関係で成り立っていると言う。 前世があるから現世での感情や行いというのがある。 頭で理解が出来ないかもしれない。 それでも説明のつかない情熱や感情は必ず存在する。 何故か葛城の地に行くと、そう思ってしまう程の説明のつかない情熱を感じてしまう。 高天原の高天彦神社
![]() 「高天原に来てください」 いつか友人からそう言葉を告げられた事があった。 そこへ初めて行った時は、金剛山の頂上にある葛城神社から歩いて高天彦神社に降りた。 それから御所(ごせ)に歩いたから、合計5時間の道のりを歩いた。あの時はそれから葛城山に行った。 今度は葛城山から高天彦神社へと、あの時とは逆のコースを車で30分ぐらいで行った。今思えばあの時は無茶な事をしたもんだと思うが、あの時はそれでも何があっても高天原に行きたいと思った。 その高天原は、どうやら古事記に出てくる本当の場所らしい。 三輪山を中心に大和王朝が確立されるずっと以前に、 鴨一族と呼ばれる渡来系の人達が、高天原を中心に葛城王朝というのをつくっていた。 だがその事は歴史の表舞台から抹殺されてしまった。 近くの駅の名前も御所(ごせ)と言い、時の権力者に名前の御所(ごしょ)から無理やり御所(ごせ)と改名させられてしまった。 それは、本々は葛城王朝の天皇の御所が其処にあって 後から来た大和王朝が別に天皇を立ててしまい、 それを知られるのが困るので 隠す為に無理やり名前を改名させられたのだと言われている。 高天彦神社の前にあった台の上に、美味しそうな野菜があったので物色していると、そこで農作業していたおじさんがすっと立ち上がって話しかけてきた。 「ここの高天原の歴史を知っているかい?九州の高千穂にある高天原は、ここから派遣された人が作ったんだよ。この辺で発見された文献にそう書いてあるよ」 何やら只の農家の人では無いような、高天原に住む精霊が人間の形をして話しかけているような、そんな不思議な感じがした。 そして彼は頼みもしないのに、誰にも知られていない高天原の歴史を話してくれた。 「ここには47社の神社仏閣があったんだけどね。1300年前に南朝についた為に燃やされてしまって、今ではたったの7社しか残ってないんだ。ほら、ここにもあそこにも昔は神社仏閣があったんだよ」 彼が口にする話は隠されていた歴史の裏側の情報で、今まさに知りたい事柄で、鍬を持ったただの農家の人が話してくれるような話ではなかった。夕闇に暮れる畑の中でそんな話を聞いているという、まるで葛城王朝時代、白鳳時代に帰ったような、その情景事態が不思議な感じがした。 「白い馬に乗った神が降りてきて宿った石というのが奥にあって、それが本殿ですから、拝殿で拝んだら本殿の石を拝んでください。」 彼にそう言われたので、本殿で般若心境を唱えて石を拝むと 石の形がはっきりと見えるようになってきた。 そして橋本にある「湯の里」の水を石の後ろの方にかけて上げると、 石が喜んでいるように感じた。 「霧が晴れる」 そう言われたように感じた。 これからは影に隠されていた、歴史の舞台裏にいた人達が表に出てきて 本当の歴史を知らせてくれる時代になるのかもしれない。 「静かに、目を閉じてごらん 其処に見える物が、本当の事なんだよ」 瞑想をしているとそう思う時がある。 今は心を鍛えて、本当の事を自分自身で判断する力を養うのが大切なんだろうと思う。 葛城山の頂上から金剛山を眺める。秋の訪れのススキが一面を蔽う。
![]() 友人に昔、奈良の葛城山に行くようにと言われた事があった。あの頃は遠いアメリカの地からグーグルマップで、葛城山あたりの地図を眺めながらなぜか懐かしい気持ちになって、「いつか必ず葛城山に行かなければ」と思っていた。あれはたった5,6年前なのに、今では遠い昔の事のようだ。 あれから大阪に住み移って、何度か葛城山に登るようになった。 山の頂上で瞑想をすると、澄んでいて純粋な気が僕の身体と心を浄化してくれる。 まわりの自然に同化させてくれ、自然に帰らせてくれる。 「力を抜いていいんだよ」と言ってくれてるような気がしてくる。 小さい頃、日が暮れるまで野原で遊んでいたのを思い出す。 そして、地の中に眠る精霊達が地上に出てきて僕の昔の記憶を蘇らせようとする。 「葛城の皇子。会いに来てくれたんだね。ずっと待っていたんだよ」 そんな風に、ススキの間からひょこひょこと出てきた精霊達は昔からの友人のように話しかけてくる。 元気そうに話しかけているのに、彼らの言葉はどこか寂しそうに僕の心に聞こえてくる。 風にふかれる秋のススキを見ると、何故か寂しい気持ちになってしまう。だからそういう気持ちにさせるのか、精霊達の頬に涙が流れてくる。 きっと僕は、遠い昔に此処にいたんだろう。彼らを見ているとそう思えてくる。 あれは何時の事だったんだろう。遠い遠い昔に彼らは僕の友達だったに違いない。 浄化が進むとあくびが止まらなくなる。 そして僕の頬にも涙が流れる。 「右の目から流れる涙は嬉しい涙なのか 左の目から流れる涙は悲しい涙なのか そんな事を解って目は涙を流すのではない。 目は何も知らずに涙を流す。 人と目の関係は、頭と感情の関係に似ている。 それぞれが別のものだという事で、 頭で解っていなくても、感情が解っていて 前世の事を感情が覚えている事があるからだ」 いつかダライラマ法王の講演に行った時、彼が僕の涙を見てそう言っていたのを思い出す。 ![]() 小高い山々のふもとを這うような細い砂利道を、私達は車で走った。山の上の方にはまだ白い霧がかかっている。さっきまで激しく降っていた雨は止んではいたが、まだたまにパラパラと水滴が空から落ちてきていた。 そして私達は一軒の小さな農家にたどり着いた。その農家はまるで隣人を避けるかのように、人里から遠く離れた山間にあった。 そこに住んでいるTさんは、都会からその農家へ移り住んだ方だった。そこの農家の元々の家主さんはもうすでに他界されており、子供達も都会に引っ越してしまっていた。だからその家には長い間誰も住んでなかったそうなのだ。そこへ都会の生活に疲れ、田舎の生活に憧れた現在の住人であるTさんが移り住んだ。 車を降りてその農家へ足を入れると、とたんに私の胸がきゅんと痛くなった。気のせいかと思ったけど、一緒に来ていたOさんの胸も痛いと言う。 農家の中へお邪魔させていただいてお茶をいただいていると、さっきの痛みは確実な痛みと変化していた。痛みと言っても、それは心臓が痛くて止まるような痛みではなく、悲しいような、つらいような、苦しいような、そんなような感情的な痛みだった。 「これって、おばあちゃんだよね」そう私がOさんに言うと、 「そう。そう。おばあちゃんだね」と、Oさんも言う。彼女も同じ事を感じ取っていたようだった。 「一人で悲しくて苦しい。寂しい。って思いが胸に痛いくらい響いてくるよ」 そう私達が話していると、外の雨が土砂降りのように降ってきた。それはまるで、私が感じたおばあちゃんの流す涙のように思えた。 私は少しの間、目を瞑って瞑想をする。 悲しい思い、寂しい思い、苦しい思い、そういった重い思いは彼女本来の気持ちではなかった。彼女の寂しいと思う気持ちを利用しているかのように、黒い霧が鉛のような重い空気を作り出していた。それが彼女の足かせとなって彼女の気持ちを暗くさせていた。 私はその黒い霧と重い空気を部屋の中から外してあげる。そして綺麗で新鮮な空気を家の中に入れてあげる。 そうして私が瞑想を終えた時、外の土砂降りの雨が止んだ。そして太陽が少し出てきて、縁側に咲いていた小さな紫の花に光を射した。 Tさんから、そこの農家にまつわる詳しい話を聞かせていただいた。 昔、そこへ住んでいた夫婦には子供が出来なくて、旦那さんは新しいお嫁さんを迎えたそうなのだ。まだ多重結婚が認められていた時代だった。それから新しいお嫁さんと旦那さんは母屋に住むようになり、前の奥さんは離れに住むようになったのだそうだ。 私が感じたのは、離れに追いやられて孤独になってしまった前の奥さんの気持ちだった。 私が感じた事をTさんにお話すると、彼が言った。 「そうですか。そうだったんですか。彼女は寂しかったんですね。私に何か出来る事はありませんか」 「そうですね。彼女は、花が好きだったようですよ。一輪の紫の花でいいんです。それを一輪挿しに花瓶に入れてあげて、手を合わせてあげると彼女はきっと喜ぶと思いますよ」 私がそう言うと、「それじゃ、今晩はその花を相手に一緒に晩酌でもしましょう」と、Tさんは笑顔を浮かべながら言った。彼の笑顔につられて、私も思わず笑ってしまった。 彼がそう言った時には、もうすでに家の中の重い空気は無くなり、私の胸の痛みも消えていた。そしてさっきの土砂降りが嘘のように止み、空は晴れてきていた。それはまるで、おばあちゃんが笑顔で笑っているかのような天気だった。 ![]() 玉置山には御神木である千年杉がある。千年もの歴史があるという大きな木だ。 その御神木が私に言葉を交わしてくれた。 今は神々が入れ替わる時 あなたはその神々の入れ替わるお手伝いをするのです 昔、国造りをした時の神々が影に隠れています その神々を表に出すお手伝いをするのです 「でも、そんな事をしたら、今度はあなたが裏に隠れる事になりませんか」 そう聞く私に、彼はこう言う。 私は大きな神の一部なのです 皆は一つで、一つは皆なのです 皆、表にいても、裏にいても、良い国を造ろうと思う心に変わりはないのですよ そのためには、私は喜んで表に出てくる神々を助けるでしょう ![]() 5月のある日、私は飛行機、新幹線、そしてローカル線を乗り継いでカリフォルニアから和歌山県の新宮へと行った。これが私の2回目の和歌山入りとなった。 その日はちょうど雨上がりで、雨が木々の緑色を濃く染めていた。初めての場所、新宮から見る風景は、田舎という事もあって何だかほっとする風景だった。 駅の改札口では友人のHが私を待っていてくれた。そして彼の友人達を紹介してくれた。全員で10人くらいはいただろうか。初めて会う人達なのに、不思議と何時か何処かで会っていたような、懐かしい感じがした。 そして彼らと一緒に和歌山の神社を回った。 久しぶりの日本。初めての場所。初めての人達。私にとっては何もかも初めての事だったけれど不安は無かった。安心できる仲間達と一緒だったからなのだろう。 皆と一緒に沢山の神社で参拝させていただいた。アメリカ生活が長い私にとって、神社を参拝するという事はほとんど無かった事だった。初めての事は戸惑う事も多かったけれど、興味深く感じる事が多かった。 多くの神社を参拝させていただいてから、玉置山に行った。 その山には霧が多い。私達が行った時にも、山には白く霧がかかってて、普段住んでいる地上の現実の世界とは違うような、異次元に迷い込んだような、不思議な、それでいて神聖な雰囲気のある場所だった。その山には古代文明のレムリアのエナジーが残っているとも聞いた。昔、海底火山が地殻変動によって地上に出てきた場所だとも聞いた。 その玉置山の頂上に向かう細い道。その道を車でゆっくりと山の頂上へ向かって走る。車の窓から見える風景は緑の木々が生い茂っていて、とても清清しい。頂上近くになると、やはり霧が出てきていた。そうして、霧の中から大きな鳥居が現れた。山の上にある玉置神社にたどり着いたのだ。 その神社の奥座敷に上がらせていただく。その部屋の空気はひんやりとしていて、敷居で隔たれた隣の部屋の空気とは全く違う。 「この部屋は、自分の心に嘘がつけない場所だ。自分の心に対して正直になって、自分自身を見つめ直さなければいけない場所なんだ」 部屋の中で目を瞑って、心が感じるままにそう思った。 「私はやっとここまで来る事が出来た。長い道のりだったけれど、ここまで来れたんだ」 そう思うと、自分の今まで生きてきた道程が胸の中に込み上げてきた。頭の中に、アメリカに行くと決心してからの出来事。今まで経験してきた色々な出来事。苦しくて泣いた時の思い出。そんな様々な思いが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。 そういう風に自分の中に入り込んでいると、左側の方から、ひんやりとした湿った空気が流れてきた。 一緒に来ていたOさんだった。いつの間にか部屋の中に入り、私と同じように目を瞑っていた。 ひんやりと湿った空気は彼女から来ていた。それは彼女の涙だった。彼女が今までの半生で流してきた涙が、心の中から部屋の中へと漂っていたのだった。 それでもその空気は悲しい気持ちではなく、私が感じていたのと同じような「やっとここまで来た」という、感慨の感情で、安堵の感情だった。 彼女の半生にも人には言えない沢山の色々な事があって、沢山の涙を流してきたのだろう。私達は言葉を交わす事も無く、その部屋の中でお互いの空気を感じ取っていた。 「その人を中へ導きなさい」 しばらく部屋の中に居ると、そう言う声が突然聞こえた。 後ろを見ると、Tさんが隣の部屋に居た。敷居を隔てた向こう側だからほんの2メートル離れた場所だ。 彼女を部屋の中へ誘うが、入れないと言う。空気が違うのが解るから入れないと言う。そう言うと彼女は外へ去ってしまった。 「その人を中へ導きなさい」という言葉の本当の意味はもっと深かったのだ。 本人の学ぼうという姿勢があれば、成長するための経験が自然に与えられる。そして経験を与えられた本人は、その経験を通して学ぶようになる。そしてそういう風に学んだ事柄は自分の身に付いて忘れる事がない。しかし、そういう経験をする時は往々にして助けが必要な場合が多い。そういう時こそ、導くためのアドバイスが必要なのだ。 数年間、サイキック学校で先生をしていた私だった。教える場所は教室であって、言葉でリードしていく方法だった。だから言葉で簡単に導く事が出来ると思っていたのかも知れない。彼女を部屋の中へ言葉で導く事が出来ると思い上がっていたのかもしれない。 大きな視点で見て、本人が必要な時に、必要な場所で、必要な言葉で導くというのが本当の意味で導くという意味なのだろうと思う。教えるという事は、教室の中だけの事ではなく、本当の意味で相手の成長を思い、必要な時と場所を見極めて導くものなのだ。私は導くという行為の深淵を感じた。そしてそういう風に教える事によって、逆に自分自身も教えられるものなのかもしれないと、そう思った。 ![]() 昨年の秋ぐらいから今年の春くらいまで(2008年~2009年)、和歌山県、そして奈良県の至る所、沢山の神社仏閣で大切な仏像の御開帳をしたのだそうだ。 粉河寺でも千手堂の本尊千手観音様が217年ぶりのご開帳をなされた。 「何でも、和歌山で地震があるから、その為に多くの神社仏閣が力を合わせて御開帳して世の邪気を祓うという意味があったそうなんですよ」 シャスタ山でたまたま出会ったともこさんがそう言っていた。 彼女は大阪に住んでいるのだが、御開帳があるので何度も何度も和歌山に足を運んだのだそうだ。 「それである日、御開帳があった処に行ったら、柱が揺れてぐらぐらしたのよ。地震でも何でもなかったんだけど、それだけ御開帳した仏像にパワーがあって、私の邪気を祓ってくれたのかしら」と、彼女はそう言うと笑っていた。 どうやら和歌山の地震の件では、多くの人達がその事を真摯に受け止めてどうにかしようとしていたようだった。 地震の事を啓示なされて伝えてくだされた方、御開帳をなされた神社仏閣の方々、そしてその御開帳の為に足を運んで下された多くの方々。彼ら、多くの人達の気持ちを感じると頭が下がる思いだ。 人が動くという事は、それだけで多くのエナジーが動くという事だ。そして彼らの祈りの気持ちが、天に届き、地の中まで影響を与え、大事を小事に、大きな地震を小さい幾つかの地震と変えていったのだと私は信じる。 ![]() 「和歌山で地震があるかもしれない・・。そしてもし地震が起きたら、日本は壊滅するかもしれない。」 去年の秋、友人のHから受け取ったメールには、そう書いてあった。 和歌山は行った事も無い場所だったけれど、彼が私に投げかけてきた言葉は、「和歌山に行かなければ・・」という気持ちこさせた。そしてそのメールには、「紀ノ川」という川の名も書いてあった。 紀ノ川というのが何だか良く解らない。ネットで調べてみると、それは奈良から和歌山県を通って瀬戸内海まで流れる大きくて長い河の事だった。その河は和歌山の北、高野山のふもとから、南の和歌山市まで流れていた。 そしてその紀ノ川に沿うように大きな断層、「中央構造線」があるのも解った。葛城山脈と紀ノ川のちょうど中間を、南北へ流れている断層、「中央構造線」。その断層は奈良県の葛城山のあたりから始まり、瀬戸内海の海底を越えて、なんと徳島県まで繋がっていた。友人はそこに地震が起きる可能性を危惧していたのだった。ネットで調べてみると、確かに「中央構造線」に地震が起きる可能性を言っている何人かの専門家達もいるようだった。 そのメールを受け取ってからしばらくしてから、 「徳島県の天津神社でお祈りしていた時、あなたの事を想いました・・。中大兄皇子という名も想いました。」 というメールを頂いた。そのメールはたった数行だった。恐らく彼は、天津神社で聞いた言葉をそのまま、山の上の神社から徳島に戻ってきてからすぐに、携帯から送ってきたのだろう。 彼に深い意味を聞こうにも、はるかかなたの海の向こう、地球の反対側にいるのではそれもままならない。 彼は中央構造線の流れている徳島からメールを送ってきた。そして私に何かを伝えようとメールしてきた。その事に、私は何か深い意味を感じていた。 メールに書いてあった中大兄皇子(後の天智天皇)と言う人も、実は中央構造線の始まる葛城山界隈に住んでいた豪族、葛城一族の一人で、幼少の名はまさに葛城の皇子と言って、彼も深く中央構造線に縁のある人だった。 私は日本に帰る事にした。行って、日本、和歌山、そして中央構造線に何が起きているのかを確かめたかった。 そうして私は昨年の11月に、和歌山県の紀ノ川沿いにある粉河、粉河寺という処へ行った。此処も中央構造線が流れている真上だった。これが私の初めての和歌山県入りとなった。 和歌山の地で初めて降りた場所は粉河となったが、その意味はその時は解らなかった。それが後になって大きな意味を持ってくるという事は、その時は解らなかった。 ![]() http://www.telemarktips.com/Saddlebag.html http://www.trailpeak.com/index.jsp?cat=hike&con=trail&val=1201 数週間前、テントや寝袋、それにキャンプ道具などをバックパックに詰めて、ヨセミテの山へ行ってきた。その行ってきた所が、サドルバッグ レイク(Suddlebag Lake) という場所だった。バックパックを背負って山を歩いて、山の中で寝泊りする事を、英語ではバックカントリー (Backcountry)と言うのだそうだ。田舎に生まれ育った私だけれども、今まで、こういうキャンプはした事が無かった。今回、やっとその念願のバックカントリーを初めて経験する事が出来て、感無量だった。 何もかも初めてで、何をしたらいいのか、どんな準備をしたらいいのかも良く解らないでいた私だが、「バックカントリーをしたい。」という感情は抑える事が出来なかった。 近くのキャンプ用品屋さんで、キャンプ道具や食料を購入しに行った。熊対策のためのフードストレージ (Food Storage) も購入した。その形状は大きな缶詰めのような感じで、強固なプラスチックで出来ている。その中に食べ物を入れて、夜寝る時に、テントから離れた処へ置いておく。そうすると熊は食べ物を漁りにくる事は無いそうだ。ヨセミテの殆ど全域では、このフードストレージは必要不可欠な道具だ。 ベイエリアから湖まで、約6時間、車を運転する。湖に着いたら、入り口にある駐車場に車を停める。そこに小さな小屋があって、そこにレンジャーの人がいたので、話をする。 「初めてバックカントリーをするのだけれど、大丈夫かしら?」と不安そうに聞くと、「ああ。大丈夫だよ。心配ないよ。この辺じゃ、あまり熊は出ないからね。」と、言う。彼の言うように本当に大丈夫かどうかは解らなくて不安だったけれど、此処まで来て後へは引けない。彼の差し出す必要書類 (Wilderness Permits)にサインして、山道を歩き始めた。 ![]() 標高12,000フィート (3,700メートル) の高地にある湖だ。空の青さが地上とは全然違う。そこは、地球上で、宇宙に一番近い湖では無いだろうか。湖の青さも空の青さを反射して、異様な青さだ。とても地球上にある湖とは思えない。異次元の世界のようだ。 その湖の回りをテクテクと、重いバックパックを担いで歩く。日本の富士山の頂上と大体同じ高さだ。唯でさえ息が苦しいのに、重い荷物を担いで歩くと本当に息が苦しくなる。10分も歩くと息がもたない。少し歩くと荷物を置いて休む。その繰り返しで少しずつ進む。そしてやっと湖の反対側にたどり着いた。 ![]() 適当な場所を見つけて、空が暗くなる前にテントを張る。お湯を沸かして、フリーズドライの夕食を頂く。そして、インスタントの茶を飲みながら、夕日が山の間に落ちていくのを眺める。時間の感覚が解らなくなる程、ゆっくりと夕日が、山の向こうへ落ちていく。 そして夜になった。空には満天の星がきらめく。天の川にある数限りない星を見ていると、「あなたのいる場所も、このミルキーウェイ、銀河系の一部なんだよ。」と、声が聞こえてくる。 その時、私は地球上でも、もっとも宇宙に近い処から星を眺めていたに違いない。自分自身が、まるで宇宙の一部分に溶け込んでいるように感じられた。 夜中、テントの中で目を瞑り、眠りに就こうとする。だけれども、風が強い。近くの林がザワワッー、ザワワッーと音をたてる。すると、その風の音が鳴る度に、目の中で白い閃光が走ってきた。もちろん、目は瞑ったままだ。 遠い空の向こうで風の音が鳴る。その度に、目の中で色々な色の閃光が走る。 目を開けて外を見渡すのだけれど、雷が光っている訳ではなかった。瞑った目の中で見えた光とは、風の織り成す光りのショーだった。 風が鳴る度に、目の中、頭の中に閃光が走る。そして風が光る時、テントの廻りの景色が光りに照らされた。目を閉じているのに、テントの中に居るのに、廻りの景色が光りに照らされる様子がはっきり見えた。 天に近い場所だから、風という自然のエネジーを感じ取る事が出来たのかもしれない。そして、風のエネジーをはっきりと感じとる事で、地球という大きなエネジーも感じ取る事も出来た。 その大きな自然の中では、私の存在はちっぽけな存在となっていた。 朝がきて、水筒から水を出そうとすると中身の水が凍っていた。9月上旬で、下界では暑い時期だとは言え、山の気候はもう秋になっていた。ふと空を見ると、朝焼けが山を赤く染めている。その光景は、信じられないくらい綺麗で、まさに神々の目覚める朝という感じだった。 サドルバッグ レイク。そこは、神々が宿る処だ。 ![]() < 前のページ次のページ >
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