shastahealing.com  大阪と東京を拠点に『ヒーリング教室 シャスタ』を主宰。ヒーリング教室や瞑想教室を開講しています。北カリフォルニアのシャスタ山やエネルギーワークについて徒然に書いています。
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ほっとする生き方
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久しぶりに一緒に飲みに行ったNさん。長年の付き合いで僕を知り尽くしているからなのだろう。彼の言う言葉は僕の真髄を見せてくれるような気がする。


もう20年だよ。うま君は20年前とちっとも変わっていないな。
あの頃も、引越しするのに部屋がどうのこうのと言っていたよね。
ほら、サンフランシスコにあったジャパンセンター近くの週払いのレジデンスホテル。あそこに住んでいて、仕事に一緒に通っていたよね。

人というのは、状況や環境によって、上手く立ち回って、状況によっては性格まで変えていってしまうものなんだ。
そりゃ、20年も経てば、世の中に揉まれて、色々な人に出会って、色々な経験をして、良しにつけ悪しにつけ、人の性格というのは変わってゆくもんなんだ。
そういうのが、うま君にはちっとも無い。全然、変わってない。人や世の中の状況に影響を受けて、性格や生き方が変わったというのがちっとも無い。

自然が持っているような雰囲気とでも言うのか、見る人を安心させるような、そんな雰囲気があるんだよ。それは、正直な心とでも言うようなものなんだろうね。自分の心に常に正直に生きているって事なのかな。

それは、簡単なようで、なかなか人には真似が出来ない事なんだよ。
そんなのがヒーリングに影響していると思うね。会う人が何となく、どことなく安心するって言うのかな。そういう処から考えると、うま君のヒーリングというのが理解できる。
うま君に会う人が、こんな生き方もあるんだって思って、ほっとするんじゃないかな。


ヒーリングやカウンセリングなどにまったく興味も理解も無いNさん。だけれども、彼は彼なりに僕の生き方と照らし合わせて、僕のヒーリングを冷静に理解し、分析しようとする。不器用な生き方でも、20年以上も正直に続けていれば理解されるものなのかもしれない。そんな僕の行き方が、それなりに形を作り出しているのを彼の言葉から感じた。
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by rev-umachan | 2010-04-21 17:51 | 個人セッション(ストーリー) | Trackback | Comments(0)
誕生日
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自分の気持ちを伝えたら、結婚が壊れるんじゃないかと思って、そう思うと怖くて何も言えなかった頃があった。
そんなのは遠い遠い昔の話で、記憶にも残っていないんじゃないかと思い込んでいた。それが先日、友達と話していた時に話題に出てきて、あの頃の感情が表に出てきた。

「そんなの悲しいに決まっているじゃないの。自分の誕生日祝ってもらえないなんて。そんな結婚生活ってあるの?」僕の友人はそう怒ったように言った。

「あの頃はしょうがなかったんだ。何か、そういうの言えなくてね。まあ、自分の誕生日くらい祝ってもらえなくても良いかな。って思ってたんだ」

「そんな。誕生日は祝ってもらいたいじゃない。僕の誕生日祝ってよ。ねえ、今日、僕の誕生日なんだよ。って何故言えなかったの?」

「あの頃はしょうがなかったんだ。だって、愛してない人に、愛して欲しいって言っても意味ないじゃない」

「そんな結婚生活・・・。別れて本当に良かったと思うわ」
ボーフレンドとの数年間の恋愛を経て、結婚を考えている彼女。その彼女の言葉から、彼女の描いている結婚生活が見えてくるような気がした。暖かくて人間味があって、喧嘩もするけど本当の気持ちが言い合える夫婦。何も言いたい事が言えなかった僕の結婚生活とは、まるっきり違う結婚を彼女は頭の中に描いていた。
他人の僕の事で、そんなに感情を荒立てる事も無いのに、とは思ったのだけれど、人の痛みを自分の事のように感じる。それが彼女の良い所なのかもしれない。本当は、そんな彼女の感情は僕の心の叫びを代弁していたのかも知れない。彼女の発した言葉で、あの頃の僕の気持ちが表に出てきて、結果として心が抱えていた重荷が軽くなったような気がした。


今年の誕生日にケーキを作ってくれたワニタ。同じ誕生日を一緒に祝ってくれた宏美さん。そしてこの湯の愛さん用にと、同じ誕生日を向かえる3人のためのろうそくを3本立てました。そんな暖かい誕生日を迎えられたシャスタに感謝です。
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by rev-umachan | 2010-04-19 23:38 | 日常の情報 | Trackback | Comments(0)
メール カウンセリング
先日、私のブログを読んでいる方からメールを頂いた。私の文章、私の生き方に共感する処があって、カウンセリングをお願いしたいと書いてあった。遠方に住んでいるので、直接お会いするのは難しいのでメールで出来ないかとの事だった。

今までメールでのカウンセリングをしていない訳ではなかった。けれどお金を頂戴するというのは初めてだった。メールを書くだけでお金を頂くというのは、どうも気持ちの中で納得出来ていない処があって、申し訳ないような気もしていた。

それが今回、私の読者の方からのお願いで、私の文章や人間性を買って依頼されてきた。それに応えるという事は、自分にとっても為になるのではないかと思えたので引き受ける事にした。

そして、メールでのカウンセリングの一連のプロセスを経験するというのは、対面でするカウンセリングのプロセスを組み立てるのにも、きっと役に立つだろうし、自分自身のカウンセリングの理論作りにも益になると思った。

何年か前、ネットでカウンセリングをしていた時があった。その時は無料でしていたという事もあって、多くの人からの依頼があった。
私のメール、書き込みを読んで、涙を流して喜んでくださる方が何人もいた。私の書く文章を読んで幸せになる人が居るというのは、何だか不思議な気分だったけれども、人の為になれるというのは、照れくさいけれども嬉しかった。
しかし、無料という事もあって沢山の人からメールを頂いた。1日のアクセスが200を越える日もあって、依頼のメールが10通を超える日もあった。

それは、昼間は会社で働いていて、帰宅してからメールに応対していた私の容量を確実に超えていた。そして、メールを書いてこられる全ての人が好意的というわけでも無く、攻撃的な内容の文章を書いてこられる方もいた。そういうメールを読むと、自分の気持ちがげんなりとしてエネルギーが吸い取られるような気がした。あの頃、メールの量だけでなく質に対しても自分自身のキャパシティーを超えていると感じていた。

そして、あの時一緒にオカウンセリングをしていたとらさんは、もうこの世にはいない。30代中半という若さで夭折した。今となっては確かめようが無いが、あの時のカウンセリングが要因の一つになっているのではと思っている。

そういう事もあって、今まで避けていたメールでのカウンセリングだったのだけれど、いつかはしなければいけないのかなと、ずっと心の何処かで思っていた。でもそれは、以前のようなやり方でなくて、自分なりのやり方を模索しなければいけないと考えていた。それが今回、依頼なされてきた方(クライアントさん)と一緒になって、一連のプロセスを模索しながら組み立てる事が出来た。

そして、一連のプロセスは上手く流れ、「こうやれば上手く流れる事が出来る」と確信できるまで至った。全てが終わり、クライアントさんから頂いたお礼のメールを読ませていただいて、私の方が勉強させていただいたと感動した。

確かに、対面で顔を合わせないで、文字だけで応対するカウンセリングというのは、対面でお相手するより神経を使うし、相手の気持ちが解らない分、精神的なダメージを受けることもある。しかし、相手が解らない分、深く相手の事を想い。その想いが通じた時は、相手を深く想った分だけ自分自身に対して深く想う処が出てくる。

そして今回、全ての流れが上手くいった時、感謝しないではいられなかった。私の文章を読んで涙を流されて感動した人の気持ちというのは、きっとこういう気持ちだったのではないだろうかと思えた。
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by rev-umachan | 2010-04-10 13:12 | 個人セッション(ストーリー) | Trackback | Comments(0)