shastahealing.com  大阪と東京を拠点に『ヒーリング教室 シャスタ』を主宰。ヒーリング教室や瞑想教室を開講しています。北カリフォルニアのシャスタ山やエネルギーワークについて徒然に書いています。
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魂の輝き
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福島県の田舎に生まれ育ったせいか、小さい頃から人付き合いというのが苦手だった。
もちろん同じ田舎出身でも、人付き合いが得意で、話し上手でいつも友人達に囲まれていた人もいた。

しかし僕にはそういう人と上手く付き合う方法というのが理解出来なくて、真似ようとすればする程、頭が混乱した。手足がギクシャクと動いたり、顔の筋肉が引きつって変な笑い顔になったりした。

言葉にしても同じ事で、初対面の人や大勢の人の前で何を話して良いのか解らなくなり、頭の中で言葉を探そうとして混乱した。小さい頃は人の前で話そうとすると、何も話せなくなって顔が赤くなって、耳まで赤くなった。

そういうのは自分の中ではいつもの事で、普通の事だったのだが、こういう症状を極度のあがり症と言うらしいと聞いた。
それでも人と付き合うとかいうのを避けていたという訳では無い。人と何をどう話して良いのか解らなかったので、無口で何も考えて無いように思われていて、一緒にいてもつまらない奴と思われていたのだと思う。だから友人という友人はいなかった。

話すのが苦手でも、国語のクラスでの朗読というのは好きだった。小説やエッセイを声に出して人前で表現する。人の喋る言葉を『この人はどういう気持ちで、何を表現しようとして言葉にしているのだろう』と思いながら、一瞬で登場人物に感情移入して、彼や彼女の言葉を自分の言葉として口に出す。

思いを持っている言葉は僕の心を動かして、気持ちを外に出させてあげたいという衝動をおこさせる。そして気持ちを乗せた言葉は、聴く人の心に届いて心を動かしていく。


僕の講演会や瞑想会、そしてスピリチュアルカウンセリングでお会いする人達の中には涙を流す人がいて、その涙を見ると僕が小さい頃に朗読した時の記憶が頭の中に蘇える。
『何故この人は涙を流しているのだろう。目の前にいる人が流している涙はどういう意味があるのだろう』
流れる涙の意味を考えようとするけれど、頭の中の何処かで「答えを出さなくても良い」という声が聞こえてくる。

きっと涙を流す人も、頭で涙の意味を考えようとするのだけど、何故泣いているのか理解出来ないでいるのかも知れない。そしてそれはきっと僕が小さい頃、人と上手に付き合う方法を理解しようとして出来なかった時に似ているのかも知れない。


感じる心が強いのを、感受性が強いと小さい頃聞いた。人付き合いが下手な事は、世渡りが下手だと言われた。
高校を卒業して東京に出て、本当に自分は人付き合いが下手だと感じた。
『何気ない話題で友人達と話をする』というのが苦痛で、何を話せば良いのかが解らなかった。
それでも自分の感じた事を表現するのが好きで、そう言う事を聞かれると言葉はどんどん出てきた。

東京の生活が長くなっていくと、それなりに僕も周りに合わせるという事が出来るようになっていった。
美術館を巡ったり、外人ミュージシャンのコンサートに行ったりと流行っている物事に興味を持っては首をつっこんだりした。

人付き合いはそんなに上手くなった訳ではないけど『これでやっと東京の片隅に自分の居場所が出来た』ような気がした。
それでも心の何処かでは解っていた。流行を追って、周りの人達がしている事に自分を合わせていても、小さい頃に人を真似て身体がギクシャクしていたように、心がギクシャクとぎこちなくなっていた事に。


それからアメリカに住むようになって、初めは東京の流行が気になったけど、だんだんと流行している物事ではない自分が本当に好きなものを追いかけられるようになっていった。
周りの人達に合わせようとして相手の反応を気にしてばかりいた自分だったけど、何年もかかって遠回りしたけど、やっと「自分が感じる事が大切なんだ」という感性の大切さを体験を通して理解出来るようになった。

今でも人付き合いは上手い方ではなくて、言葉も動作もぎこちなくて、ギクシャクしてしまう時はあるけれど、それでも自分に自信が持てて感性に価値が持てるようになっていったのは、これまで出会った多くの人達のおかげだと思う。
通りすがりの人が一言言ってくれた言葉が、僕の心の奥底に残って、今でも語りかけてくれたりする。

僕の持とうとする「感性の大切さ」という価値観は、きっと多くの人達の考え方、メインストリームでは無くて、ほんの一部の人達が共有出来る事なのだろうと思う。
それでも自分が価値があると感じた物は、少ないかもしれないがきっと価値観を共有出来る人がいると信じる。

講演会や瞑想会、そしてスピリチュアルカウンセリングで流される涙を見る度に『ああ、この人は僕と同じ価値観を持っているんだな』と感じて心が動かされる。
目から流れ出でゆく涙はキラキラと光る宝石のようで、『感性の輝き、魂の輝き』を持っている。そして涙を流す人と僕の心が繋がって、清らかになって豊かになっていくのを感じる。



(写真: サンフランシスコのビーチにて)
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by rev-umachan | 2015-11-13 19:55 | いのちのやくそく | Trackback | Comments(0)