北京原人
f0171365_15493277.jpg

1929年、北京市郊外にある周口店で北京原人の頭蓋骨の化石が初めて発見された。そして、狩猟や採集の為の道具、そして火を使っていた痕跡も発見された。それは、北京原人が猿人(ピテカントロプス)から現代人(ホモサピエンス)へのちょうど中間に位置していた事を意味し、動物から人間の文明世界へと進化する過程にいたという事を意味する。
進化論で有名なダーウィンは、「ヒトはサルから進化した」と断言していたが、北京原人の発見によってようやく世界に認められるようになっていった。北京原人の発見は、人類の進化の謎を解明するのに、きわめて重要な意義を持っている。

周口店北京原人遺址博物館という処に、北京原人の化石が展示されているのは良く知られている事だ。しかし上野にある国立化学博物館に、北京原人の頭蓋骨の一部、そのレプリカが展示されている事は、あまり知られていないと思う。1929年に北京原人の頭蓋骨が発見され、そのレプリカが日本人の手によって製作された。
本物の頭蓋骨は日中戦争の間に紛失されてしまったので、そのレプリカは、新たに北京原人の頭蓋骨が発見、公開されるまでの間、まるで本物の北京原人の様に丁寧に扱われていた。

もう何年も昔になるのだけれども、上野の国立科学博物館で展示のアルバイトをしていた事があった。博物館で展示されている化石や人骨などの埃や汚れを払って、新しい展示ケースの中に入れるアルバイトだった。アンモナイトの化石や恐竜の化石、そして人骨などを手に取って新しいケースに入れていた。それまで興味が無かった唯の古ぼけた化石だったけれど、不思議なもので直接手に触ってみると急に興味が湧いてきた。アンモナイトの海の泳ぎ方や、人間の頭蓋骨の測定の仕方など、働きながら興味深い事柄を勉強させてもらった。

しかしその中でも一番印象に残っているのは、北京原人の頭蓋骨のレプリカだった。その当時は、現存する世界で唯一の北京原人のレプリカだった。今でも、自分の手の上にずしりと重かった感触は忘れない。恐らく石膏で製作されていたので、重いのはそのせいだったのだろう。ひっくり返して中を見ると、旧日本陸軍に属していだだろう日本人の方の名前が入っていた。北京原人の歴史の重みと重要性を思うと、思わず自分の手が震えてしまった。

『50万-20万年前に存在したとされる北京原人が77万年前にも生活していた・・。』
人類の祖先(ホモエレクトス)の登場は、200万年前後のアフリカだと言うのが定説となっている。ジャワ原人や北京原人はこのホモエレクトスを起源としている。そして、旧人のネアンデルタール人も同じ流れだ。

そしてホモエレクトスを起源とはしているが、旧人や原人とは異なる流れを持つと言われている現代人(ホモサピエンス)の登場は10-20万年前と言われている。旧人や原人達は、数万年前まで生存していたと言われているのだから、現代人達と同じ時期に共存していたらしい。しかし何故、旧人や原人達が死滅してしまったのかは、今でも大きな謎となっている。

80万年前に北京原人が生活していたという事は、既にその頃には世界中の各地、いたる処で旧人や原人達が生活していた可能性が高い。その原人達が住んでいた場所に、後から現代人が進出していった訳なのだが、何故共存は出来なかったのだろう。原人の遺跡には、現代人達と戦いをした跡がいたる処で発見されている。現代人には、旧人や原人を死滅に追いやらなければいけないような本能、あるいは理由があったのだろうか。
しかし理由はどうであれ、旧人や原人達は私達の直接の祖先では無いとしても、彼らの多くの尊い命があって今の現代人が存在している。彼らは別種だとしても、彼らがいたから亜種である現代人が発生したのだと私は信じる。

Excite エキサイト : 芸能ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090313-00000344-yom-sci
[PR]
by rev-umachan | 2009-03-14 15:51 | 日常の情報
<< マヤ・リン 「時計仕掛けのオレンジ」を観て... >>