教えるという事
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Berkeley Psychic Institute というサイキック学校で、ハウス・コントロールというのを2年以上していた。それは、学校に来る生徒達の瞑想を教えたりリードしたり、学校に訪れるお客様たちへの対応などをするボランティアの仕事だった。
人に何かを教える事など、小さい頃から好きでも得意でもなかった私だった。しかし、これが教え始めるとなかなか面白い。生徒達に教えているのに、逆に生徒達から教えられ、学ばさせられていると感じる事が多々あった。

私の生徒達は大人達で、社会人達だった。彼らは思った事や心の表面に浮き上がってくる感情を、先生である私に直接ぶつけてきた。そういう激しい感情に対して、私は退く事もしばしばだった。どう対処して良いか解らずに、立ちすくむ事もあった。クラスが終わってから家に帰って、「あの時、こうすればよかった。ああすれば良かった」と悔しがる事も何度もあった。始めてから一年以上経た頃も、「私は何て未熟なんだろう」と痛感する事ばかりだった。

それでも、真剣に私の言葉を一言も聞き逃さまいと耳を傾ける生徒達がいた。そして彼らの魂が成長したと感じた時、何にも変えられない幸せな気持ちになったものだった。2年間という長い間、生徒達の前に立って教える事が出来たのは、その幸せな気持ちを感じる瞬間が幾度と無くあったからなのだと思う。

人に何かを教えるという機会は、私の今までの人生の中では無かった事だったし、出来る限り避けていた事でもあった。それを半ば強引に引き込み、生徒達の前に私を立たさせ、教えるという経験をさせてくれた恩師。彼女はしばしば夜中の12時頃まで、私のクラスの反省会に付き合ってくれた。そして私のティーチング・スキル向上の為に真剣に話をしてくれた。そんな彼女に今では感謝している。無給のボランティアだったけれど、私はサイキック学校の先生になるという経験を通して、他のどこにでも勉強できない事を学んだ。

それが今年の春、その教えるという行為を一旦止める決断をした。一時休憩をする事にした。
昼間は普通に会社で働き、週に1~2回とは言え真夜中まで学校で過ごす。そういう生活を2年以上続けてきた。生徒だった時の期間を含めると、実に5年以上という長い期間、学校で多くの時間を過ごしてきた。そういう生活は、さすがに精神的にも肉体的にも疲れてきた。とりあえず一旦休憩して、自分の為に時間を使い、今後の自分の身の振り方を考えようと思った。
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by rev-umachan | 2009-08-06 05:53 | クラス・スケジュール
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