玉置山
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5月のある日、私は飛行機、新幹線、そしてローカル線を乗り継いでカリフォルニアから和歌山県の新宮へと行った。これが私の2回目の和歌山入りとなった。

その日はちょうど雨上がりで、雨が木々の緑色を濃く染めていた。初めての場所、新宮から見る風景は、田舎という事もあって何だかほっとする風景だった。
駅の改札口では友人のHが私を待っていてくれた。そして彼の友人達を紹介してくれた。全員で10人くらいはいただろうか。初めて会う人達なのに、不思議と何時か何処かで会っていたような、懐かしい感じがした。

そして彼らと一緒に和歌山の神社を回った。
久しぶりの日本。初めての場所。初めての人達。私にとっては何もかも初めての事だったけれど不安は無かった。安心できる仲間達と一緒だったからなのだろう。
皆と一緒に沢山の神社で参拝させていただいた。アメリカ生活が長い私にとって、神社を参拝するという事はほとんど無かった事だった。初めての事は戸惑う事も多かったけれど、興味深く感じる事が多かった。

多くの神社を参拝させていただいてから、玉置山に行った。
その山には霧が多い。私達が行った時にも、山には白く霧がかかってて、普段住んでいる地上の現実の世界とは違うような、異次元に迷い込んだような、不思議な、それでいて神聖な雰囲気のある場所だった。その山には古代文明のレムリアのエナジーが残っているとも聞いた。昔、海底火山が地殻変動によって地上に出てきた場所だとも聞いた。
その玉置山の頂上に向かう細い道。その道を車でゆっくりと山の頂上へ向かって走る。車の窓から見える風景は緑の木々が生い茂っていて、とても清清しい。頂上近くになると、やはり霧が出てきていた。そうして、霧の中から大きな鳥居が現れた。山の上にある玉置神社にたどり着いたのだ。

その神社の奥座敷に上がらせていただく。その部屋の空気はひんやりとしていて、敷居で隔たれた隣の部屋の空気とは全く違う。
「この部屋は、自分の心に嘘がつけない場所だ。自分の心に対して正直になって、自分自身を見つめ直さなければいけない場所なんだ」
部屋の中で目を瞑って、心が感じるままにそう思った。
「私はやっとここまで来る事が出来た。長い道のりだったけれど、ここまで来れたんだ」
そう思うと、自分の今まで生きてきた道程が胸の中に込み上げてきた。頭の中に、アメリカに行くと決心してからの出来事。今まで経験してきた色々な出来事。苦しくて泣いた時の思い出。そんな様々な思いが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

そういう風に自分の中に入り込んでいると、左側の方から、ひんやりとした湿った空気が流れてきた。
一緒に来ていたOさんだった。いつの間にか部屋の中に入り、私と同じように目を瞑っていた。
ひんやりと湿った空気は彼女から来ていた。それは彼女の涙だった。彼女が今までの半生で流してきた涙が、心の中から部屋の中へと漂っていたのだった。
それでもその空気は悲しい気持ちではなく、私が感じていたのと同じような「やっとここまで来た」という、感慨の感情で、安堵の感情だった。
彼女の半生にも人には言えない沢山の色々な事があって、沢山の涙を流してきたのだろう。私達は言葉を交わす事も無く、その部屋の中でお互いの空気を感じ取っていた。

「その人を中へ導きなさい」
しばらく部屋の中に居ると、そう言う声が突然聞こえた。
後ろを見ると、Tさんが隣の部屋に居た。敷居を隔てた向こう側だからほんの2メートル離れた場所だ。
彼女を部屋の中へ誘うが、入れないと言う。空気が違うのが解るから入れないと言う。そう言うと彼女は外へ去ってしまった。

「その人を中へ導きなさい」という言葉の本当の意味はもっと深かったのだ。
本人の学ぼうという姿勢があれば、成長するための経験が自然に与えられる。そして経験を与えられた本人は、その経験を通して学ぶようになる。そしてそういう風に学んだ事柄は自分の身に付いて忘れる事がない。しかし、そういう経験をする時は往々にして助けが必要な場合が多い。そういう時こそ、導くためのアドバイスが必要なのだ。

数年間、サイキック学校で先生をしていた私だった。教える場所は教室であって、言葉でリードしていく方法だった。だから言葉で簡単に導く事が出来ると思っていたのかも知れない。彼女を部屋の中へ言葉で導く事が出来ると思い上がっていたのかもしれない。

大きな視点で見て、本人が必要な時に、必要な場所で、必要な言葉で導くというのが本当の意味で導くという意味なのだろうと思う。教えるという事は、教室の中だけの事ではなく、本当の意味で相手の成長を思い、必要な時と場所を見極めて導くものなのだ。私は導くという行為の深淵を感じた。そしてそういう風に教える事によって、逆に自分自身も教えられるものなのかもしれないと、そう思った。
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by rev-umachan | 2009-08-29 12:33 | 自然 | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2009-09-02 16:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by rev-umachan at 2009-09-03 09:15
はじめまして。書き込んでいただきありがとうございます。
奈良にいるのなら、近くの神社仏閣に行きやすいですね。
田舎の自然の中で、ぼんやりと夕日を眺めながら古代日本の歴史などを考えるのが好きです。きっと大昔の人達も同じように、同じ夕日を見ていたのだと思うと、時空を超えて彼らと一緒にいるような錯覚を覚えます。
奈良は日本の歴史が詰まっている処で、感じたり考えたりする事柄に事欠きません。面白い場所ですね。
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