小高い山々のふもとを這うような細い砂利道を、私達は車で走った。山の上の方にはまだ白い霧がかかっている。さっきまで激しく降っていた雨は止んではいたが、まだたまにパラパラと水滴が空から落ちてきていた。 そして私達は一軒の小さな農家にたどり着いた。その農家はまるで隣人を避けるかのように、人里から遠く離れた山間にあった。 そこに住んでいるTさんは、都会からその農家へ移り住んだ方だった。そこの農家の元々の家主さんはもうすでに他界されており、子供達も都会に引っ越してしまっていた。だからその家には長い間誰も住んでなかったそうなのだ。そこへ都会の生活に疲れ、田舎の生活に憧れた現在の住人であるTさんが移り住んだ。 車を降りてその農家へ足を入れると、とたんに私の胸がきゅんと痛くなった。気のせいかと思ったけど、一緒に来ていたOさんの胸も痛いと言う。 農家の中へお邪魔させていただいてお茶をいただいていると、さっきの痛みは確実な痛みと変化していた。痛みと言っても、それは心臓が痛くて止まるような痛みではなく、悲しいような、つらいような、苦しいような、そんなような感情的な痛みだった。 「これって、おばあちゃんだよね」そう私がOさんに言うと、 「そう。そう。おばあちゃんだね」と、Oさんも言う。彼女も同じ事を感じ取っていたようだった。 「一人で悲しくて苦しい。寂しい。って思いが胸に痛いくらい響いてくるよ」 そう私達が話していると、外の雨が土砂降りのように降ってきた。それはまるで、私が感じたおばあちゃんの流す涙のように思えた。 私は少しの間、目を瞑って瞑想をする。 悲しい思い、寂しい思い、苦しい思い、そういった重い思いは彼女本来の気持ちではなかった。彼女の寂しいと思う気持ちを利用しているかのように、黒い霧が鉛のような重い空気を作り出していた。それが彼女の足かせとなって彼女の気持ちを暗くさせていた。 私はその黒い霧と重い空気を部屋の中から外してあげる。そして綺麗で新鮮な空気を家の中に入れてあげる。 そうして私が瞑想を終えた時、外の土砂降りの雨が止んだ。そして太陽が少し出てきて、縁側に咲いていた小さな紫の花に光を射した。 Tさんから、そこの農家にまつわる詳しい話を聞かせていただいた。 昔、そこへ住んでいた夫婦には子供が出来なくて、旦那さんは新しいお嫁さんを迎えたそうなのだ。まだ多重結婚が認められていた時代だった。それから新しいお嫁さんと旦那さんは母屋に住むようになり、前の奥さんは離れに住むようになったのだそうだ。 私が感じたのは、離れに追いやられて孤独になってしまった前の奥さんの気持ちだった。 私が感じた事をTさんにお話すると、彼が言った。 「そうですか。そうだったんですか。彼女は寂しかったんですね。私に何か出来る事はありませんか」 「そうですね。彼女は、花が好きだったようですよ。一輪の紫の花でいいんです。それを一輪挿しに花瓶に入れてあげて、手を合わせてあげると彼女はきっと喜ぶと思いますよ」 私がそう言うと、「それじゃ、今晩はその花を相手に一緒に晩酌でもしましょう」と、Tさんは笑顔を浮かべながら言った。彼の笑顔につられて、私も思わず笑ってしまった。 彼がそう言った時には、もうすでに家の中の重い空気は無くなり、私の胸の痛みも消えていた。そしてさっきの土砂降りが嘘のように止み、空は晴れてきていた。それはまるで、おばあちゃんが笑顔で笑っているかのような天気だった。
by rev-umachan
| 2009-09-03 09:43
| 自然
|
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