サイキック コミュニティ
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30年程昔のサンフランシスコの街では、サイキック活動が禁止されていた。現代の魔女狩とでも言うものなのだろうか、街中では手相、タロットカードなどを使ってのリーディング、レイキなどのヒーリング、それら全てのセッションが全く出来なかった。もし街中でそのような活動をしている人がいたら、即刻逮捕されて牢屋の中へと入れられ、高額な罰金を払わなくてはいけなかった。

その為、多くのサイキック達は、対岸のバークレーや、南側のサウスベイなどへと移り住まざるをえなかった。そして街の外で、細々と占いやサイキック活動をしなくてはいけなかった。

そういう時代だったものだから、必然と彼らは新しいグループを組むようになった。皆で集まってサイキックコミュニティを作る事によって、その時代の法律に対抗しようとした。その時に設立されたグループは幾つかあって、その中の幾つかは30年以上経った今でも健在だ。皮肉な事に、サイキックを禁止する為の法律が、逆に彼らをまとめてグループを作らせる事になった。

その今でも健在なグループの一つが、バークレー サイキック インスティチュート(Berkeley Psychic Institute)と言って、私が集っていたグループだ。別に此処へ集るようになった深い理由は無く、たまたま私が住んでいた近所にあったというだけなのだが、今思うと偶然にしては出来すぎていたと思う。

私はこのコミュニティで数年間お世話になって、かなり濃い時間を過ごす事が出来た。今思うと本当に色々な出来事があったと感慨深く、その時の色々な記憶が頭の中に蘇ってくる。

そのコミュニティを離れて日本に行く事になったのだけれども、今でもそのコミュニティの事は頭から離れない。それどころか、一人になって初めてコミュニティの大切さを肌に感じた。

いつかはコミュニティを離れて、自分一人で活動しなければいけない事は解っていた。それは、今まで皆で分担してやってきた事を、全部自分でしなければいけないという事を意味していた。それは武者修行であって、自分自身を鍛えるという事だ。でも自分自身が弱くて、自分の足でしっかりと立っていなければ、大きな波にのみこまれてしまうという事をも意味している。

どんなに自分自身をしっかり持っていると信じていても、やっぱりどこか自分に甘い処があった。今日、友人からヒーリングを受けてそう感じた。コミュニティというのは本当にありがたい。ヒーリングを受けていて、何も言わなくても痛いところ処置してもらっているのが解る。やはり長年お互いにヒーリングをしあっていた仲間だ。相手がどんな状態なのか、すぐに解る。いつかこんなコミュニティが日本に出来ないものかと秘かに期待してしまう。
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by rev-umachan | 2010-01-16 05:55 | 日常の情報
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