ゴールデン ゲートパーク
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サンフランシスコにはゴールデン ゲートパークという全長5キロもある大きなパークがある。人工的に造られたパークとしては全米一の大きさだそうだ。その公園が出来る前は、ただの大きなだだっ広い砂浜だった。ボランティアで公園整備をした友人が言うには、「30センチも掘ったらその下は砂だったよ」と言っていた。ゴールデン ゲートパークはまさに砂上の公園で、長い時間と多大な労力とお金を費やして造られた人工公園なのだ。

その公園には、霧が西側の海から朝となく夜となく流れてくる。霧はパークの中を流れ、草木に水分を与え、活気を与え、命を与える。霧が漂う中、パークを一人歩くと自分が周りの空気に溶け込んでいって、草木が話かけてくるかのような錯覚さえ覚える。

そのゴールデン ゲートパークへ久しぶりにへ行ってきた。その公園へ行ったのは本当に久しぶりで、最後に訪れたのは何年前だったのだろう。きっと数年前にパーク内で行われた、サイキック フェアーという催し物に参加した時以来だったに違いない。それだけ長い間訪れて無くてもパーク内の景色は殆ど変わってなかった。

十年以上昔、パークの近くに住んでいた事があった。その頃、何かある度にパークの中を意味も無く歩き回ったのを思い出す。
初めてこのパークに来たのは20年も昔の事だった。それから私には色々な事が起きては消えていった。パークを歩いていると、その20年の間に起きた様々な事柄が頭の中を駆け巡った。

20年も昔、東京のアパートを引き払って荷物を田舎の両親に預けに行った事があった。荷物を置いて東京へ帰る時、涙が流れてきたのを思い出す。自分の感情が理解出来なくて、何故涙が流れているのさえ解らなかったあの頃。
アメリカに来た当初も日本を思ってこのパークを一人歩いていた。パークを歩くと何故か心が休まって、パークがあって良かったと思った。

もうあれから20年も経ってしまった。あの頃は、まさかこんなに長くアメリカに住むとは思ってもいなかった。
そんなに長く住んでいると、この国が私の祖国ではないかしらという錯覚さえ覚えてくる。空気が土地が水が、そして人々が自分の生活の一部となっているのに気が付く。「私のセッションしてあげたあの人は今頃どうしているかしら」とか、「私が教室で教えた人は今頃大丈夫かな」などと思う相手も英語で意思疎通していた人達だ。

そんな感じだったから、もう日本は私にとっては異国になっていた。一年に一回帰るか帰らないかの日本だ。ひどい時には、5年に一度日本に帰えるような事もあった。だから自然と日本にいる友人も減ってくる。

しかしそんな私が去年は、日本に5回も帰る事になった。急に日本が近くなった。
「日本じゃ私の求めている事が出来ない」そう思って日本を飛び出したのに、アメリカの生活で行き詰っていた。それを打破するのにはやはり日本なんだと深く感じた。やっぱり私はどこか深い処では日本人なんだ。日本の為に働きたい。日本人の為に活動したいと思った。そして日本から「日本に帰って来い」というメールを送ってくれる友人達。日本を活気づかせようとしている人達が私を待っていた。

何度か日本に行って友人達と供に時間を過ごす機会があって、私の気持ちは決まった。
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「日本に帰る」
そう決めて、行動に移した。新車を売って、要らない荷物を出来るだけ処分した。
ごみを捨てようとした時、手が滑って玄関に要らない書類が散らばった時があった。その時、何故か涙が流れた。その時の私にはもう何も無かった。車も荷物も貯金も、住む場所さえ無かった。20年間アメリカに住んでいて、形になって残るものは何も無かった。私の20年間のアメリカ生活は一体なんだったのだろう。急に全てのことが無意味に思えてきて、涙が流れてきた。

そんな何も無い私だったけど、日本には私を待っている仲間がいた。それだけがはるか遠い彼方に、私を導いてくれる小さく燃えて輝くろうそくの炎のように思えた。
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by rev-umachan | 2010-01-29 21:23 | 日常の情報
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