Nさん
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「日本に住むなら、日本人にならなあかんねん。
海外に住んでたら、その住んでた時間の3倍の時間が調整に必要になるんや。
僕もサンフランシスコに3年すんでたから、3倍の10年かかった。何やかんやと寄り道して、10年かかったんや。うま君は20年住んでたから、3倍の60年や。もう日本人になるの無理なんとちゃうか」そう友人のNさんが言った。

彼とは20年前に私がアメリカに行った時からの付き合いで、同じようなデザイナーという仕事をしているせいか、私の事を本当の意味で理解してくれる数少ない友人であってアドバイザーだ。他の誰にも持っていない考え方や生き方はユニークで、アメリカに来てからの私の人生に大きな影響を与えてくれた。歳が一回りも上なせいか経験や知識も豊富で、色々な相談に乗ってくれた。

仕事で行き詰った時。進路を選択するのに迷った時。結婚を考えた時。そして父が倒れた時。私が困った時、不思議と彼が傍にいた。
父が倒れた時、私はハワイの大学に行っていた。その時、偶然にも彼が出張でハワイにきていた。父が倒れたと連絡があった同じ日の晩に、彼と会う約束があったのは偶然とは思えなかった。誰にも話す事がないだろうと思った家族の問題や父への想い、そんな事を話す相手が目の前にいた。これはそういう縁なんだろうと思い、腹を括って彼に全てを打ち明けた。

アメリカでは小さい事務所で一緒に働いた仲だったけれど、日本の一流企業で働いていた彼は、日本に帰ってから大きなプロジェクトを色々と立ち上げては成功していった。それでも彼は驕るような処は無くて、彼の成し遂げた色々なプロジェクトを子供のように喜んで説明してくれた。

彼の言葉は、色々な時や場面で私の心に響いては深く残っていった。そんな彼だったけれど、私にアドバイスを尋ねる時も良くあった。「うま君、これどう思う?これはこうなんとちゃうかなぁ?」などと聞いてくる時は、私の意見を尊重して聞く時だった。そしてそういう風に聞かれる時は、必ず面白いアイデアが出てくるものだった。

彼とはタイプや考え方が違うから、これまで上手く付き合える事が出来たのだろうと思う。二人の考え方は解り合える処がありながら、全く違っていた。大雑把で大らかで、細かい事にあまりこだわらなくて全体的に物を見る彼。そして細かい事が好きで、小さい事柄から大きな物を作り上げていく私。そんな異なった物の見方をしていた二人だったから、お互いの意見を新鮮に思えて尊重していたのかもしれない。

そんな彼が言った「日本人になるのは無理なんとちゃうか?」という言葉は深みを増して私の心に残った。15年も前に日本に帰ってきて、一人でデザイン事務所を立ち上げて成功した彼だ。アメリカ的な感覚を持つ彼が、仕事上での人間関係の問題などを幾つも経験してきたのは容易に想像出来た。彼が口にした言葉の奥に、厳しさと、彼なりの優しさを感じ取った。
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by rev-umachan | 2010-02-17 22:39 | 日常の情報
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