風の集い
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岡山で町田宗鳳さんの「風の集い」に参加してきた。広島大学大学院教授である彼は、ご多忙の中「風の集い」や「健康断食」などの集いを日本各地で行なっている。風の集いとは、この集いに参加する人たちが風のように集まり、風のように去っていき、この世での出会いは一期一会だという意味があるのだそうだ。

その集いでは般若心境や観音経などのお経を唱え、「あ・り・が・と・う」の言霊を唱える。唱えていると、自分の磁場が変わっていって色々な感情が表に浮かび上がってくるのが解る。喜び、怒り、哀れみ、悲しみ、感謝、楽しみなどの、今まで自分では気がつかなかった感情たちが心の奥のほうから浮かび上がってくる。今まで心の奥の方に押さえ込まれていた自分自身の一部である感情たちが、心の表に浮かび上がってくる。ああ、私はこんなにも自分自身の感情を抑えていた。感情を無視して、犠牲にして、今まで生きてきたんだ。などと気持ちが心に湧き上がってくる。

「誰か一人の人の顔を思い浮かべて、『あ・り・が・と・う』と唱えなさい」と言われて意識して唱えていると、次から次へと色々な人たちの顔が頭の中に浮かんでは消えていった。
その中でも一番浮かんだ顔は、今まで実際には会ったこともないとらさんの顔だった。とらさんの顔が時には大きく、時には小さく浮かんでは消えていった。「この人は、色々な表情を見せてくれるものだ」そう感じる程、彼の顔の表情は豊かで、喜怒哀楽を見せてくれた。その中でも、彼の子供のような無邪気な笑顔はいつまでも頭の中に残った。

風の集いが開催されたのは、岡山県のアイナリーホールという龍之口神社に近い処だった。集いが終わり外の風景を見ると、龍之口山があり、その手前にはお寺があった。それは、とらさんのお墓があるお寺だった。
あと二週間程で彼の命日だ。早いものでもう3回忌になる。
生きている間は会う事が出来なかったが、亡くなってからこんなに近い処にやってくるとは、唯の偶然とは思えなかった。

集いが終わってから、彼のお墓参りに行った。そこは夕日が綺麗に見える小高い山の上だった。夕日が山間に沈んで行くのを眺めながら、「やっぱり、とらさんに呼ばれて岡山に来たんだろうな」という思いが胸に込み上げてきた。
岡山で出会った沢山の人達。その中の一人の女性に、「絶対、また岡山に来てくださいよ」と言われた。それは以前、とらさんが私に言った言葉とだぶって聞こえた。
「絶対、岡山に会いに来てくださいよ」そう彼は電話口で私に言っていた。

生きている彼に出会う事は出来なかったけれど、岡山で出会った人達を通して彼を感じないではいられない。彼に呼ばれて岡山に来たというのは本当なのかもしれない。岡山の地でセッションをさせていただき、一期一会の会、「風の集い」に参加して、沢山の人と出会い、別れていく。「縁というのはこういうものなのだろうな」と思わないではいられなかった。
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by rev-umachan | 2010-03-01 20:57 | 日常の情報 | Trackback | Comments(0)
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